実家の片付けをしていたところ、祖父の軍隊手帳が出てきました。「戦争」という言葉が日本人だけでなく世界で頻繁に起こっていた時代です。
保存状態がとても良いのに驚きました。名前の所にあるシミは恐らく血液でないでしょうか。
戦線に参加した後はこのようなバッジが配布されたのだと思います。従軍したのが大東亜戦争初期だったので、日本軍もまだこの様な配慮ができたときだったのかもしれません。
祖父は二男です。長男の勉作さんも軍に招聘されていたので曽祖父の梅太郎はどの様な気持ちだったのでしょうか。この後、勉作さんは戦死しております。
軍隊手帳には皇軍としての言葉が記載されております。状態から見ても祖父はあまり見ていた様子がないですね。
手書きで従軍の期間の配属先など書いておりました。字が綺麗なことにちょっと驚きです。歴史に出てくる場所やマラリヤでの入院など生々しく様子が浮き上がってきます。兄弟の中でも私は比較的祖父とコミュニケーションを取っていたので断片的ですが戦争の話を聞かされておりました。今思えば、もっともっと色々と質問してみたかったです。