移築された木造建築

先週火曜日はJBN国産材委員会のイベントに参加しました。

沢山の建物が移築されている、小金井市にある江戸東京たてもの園です。

久しぶりにホスト役ではないので大人の遠足の気分で気楽です(笑)

古い木造には沢山の学びがあります。

こちらには初めて訪れましたが、学芸員の安藤さんの説明を聞きながら見れたのでとてもわかりやすかったです。

こちらは前川國男邸です。

玄関側からだとなんと表札まで笑

1942年ですでに戦争に入っていたため資材不足から延床面積100平米までの規模の規制があったそうで、コンパクトな建物でした。

事務所も戦果に見舞われ、一時期は自宅を事務所に使っていた事もあったそうです。

シンメトリーな間取りに廊下を廃し部屋と部屋を繋いだ間取り、リビング階段など現在の主流となる間取りになっているところが流石です。

現在の高断熱高気密の技術が加われば完璧です。

江戸時代中期の古民家にも入りました。

移築して25年で茅葺き屋根は2回葺き替えているそうです。

鳥が啄んだり、中で煮炊きをしない事も要因なのでしょうか。

土塗り壁は今年の5月に土も不燃材に加わってますね。

力強い梁ですが、さすがに豪雪地帯のそれと比べると細いです。

こちらは三井八郎右衛門邸の応接室。

この中で一番新しい建物で1952年竣工。

近代日本がもっとも貧しかった時期にこれだけの建物はさすが財閥。

とはいえ古材が多く使われていたそうです。

3階建の銅板外壁の建物の街並み。

時間がおしていたので足早に過ぎましたが今でも神田エリアには戦火を逃れたこのような建物がちらほらと見かけますね。

特別に保全改修工事中の建物も見学させていただきました。

「鍵屋」という居酒屋さんで江戸時代後期の建物です。

やっこ瓦という、今の瓦とは形状が少し違う(右下に欠きがない)当時の瓦が使われています。

当日の生産技術では焼きがまの温度むらがあるので一つ一つが大きさや形状、厚みが違うのですがそれを職人技術で葺きあげていました。

やっこ瓦は下端の瓦に上端の瓦が被さられられないので今の瓦より雨漏りはしやすいですね。

しかし当時のまま直すのがこの仕事だとお話がありました。

下地木材も含め解体作業にあたり一つ一つ丁寧に部材を外し、樹種を確認して交換か補修か使われていた通りに復元しているそうです。

こちらは銭湯の建物「子宝湯」で昭和初期の建物です。

日本人のDNAが反応してしまいます。

天井の高さや番頭台、イメージ通りの銭湯ですね。

期待通りの富士山は男湯側にあるのが今では問題かも笑

しばしの心の栄養を補給することができました。

時間が足りなかったのでリピート決定!